<< 2012年04月
1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30

フジテレビは尖閣を中共にやりたいのか? ニュース記事に関連したブログ

2012/04/17 23:30

 

 

尖閣は日本より沖縄に近い・中共の勝手な主張の中身に触れず「かねてから中国も領有を主張している」という中共の主張に一理あるかのような物言いをする・インタビューは反対の声ばかり…フジは韓国だけでなく中共にもこびるんですか。

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: メディア

コメント(26)  |  トラックバック(4)

 

関連ニュース

【桜ソング】無才さんから教えてもらった曲と一曲アップし忘れた曲を

2012/04/08 20:27

 

前回の桜ソングの特集の際、無才さんからご紹介いただいた曲がよかったのでここに紹介します。

 

 

一葉「桜の園」

 

母のことを思う歌詞ですね。「母は今幼い日に戻り桜の花びら追いかける」…ずいぶん意味深な歌詞ですね。認知症でしょうか。母が認知症という方は、聞いてて涙が止まらないのでは?

 

あと昨日のエントリでアップし忘れた曲を一曲。

 

コブクロ「桜」

 

これ絶対入れようと思っていたのになんで忘れたんだ。その代わりに別に好きでもない河口恭吾のを入れちゃって(好きな人ゴメンね)、どうしたんだ。

 

というわけでこれで本当に桜ソング終わり。

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: ちょっとブレイク

コメント(8)  |  トラックバック(1)

さくらソング特集 ニュース記事に関連したブログ

2012/04/07 23:36

 

今年はさくらの開花が全国的に遅かったみたいですね。

 

柳川をはじめ福岡では現在ほぼ満開です。

 

にしても面白かったのはまだ咲き始めてからそこまでたってなかったときですが、かなり咲いているさくらがある一方で目と鼻の先にあるさくらがほとんど咲いてなかったりするんですよね。

 

気候は同じだと思うんですが、日当たりとかそのさくらの個体差とかいろいろあるんでしょうかねぇ。

 

てな訳でさくらソングを特集したいと思うんですが、意外や意外曲が少ない。

 

というか最近はいっぱい出ていますが、昔の曲が案外ないんですよね。

 

少なすぎて、正直かなりやる気を失いましたw。

 

 

小唄勝太郎「さくら音頭」

 

初めて聞きましたが、割と気に入ったのでセレクト。当時各レコード会社から、競作としてさくら音頭が出たとか。

 

しかし結果的には小唄勝太郎氏の歌うビクター社のものが一番売れたそうです。

 

滝廉太郎作曲・武島羽衣作詞「花」

 

これは定番ですね。日本のさくらソングを代表する名曲のひとつでしょう。

 

鶴田浩二「同期の桜」 

 

他の曲とは全然趣が違いますが・・・。当時の特攻隊員の中で流行した曲だそうですね。彼らの犠牲によって戦後の発展があるわけですから感謝しなければなりませんね。

 

しかし今の日本は彼らが命を犠牲にしてまでも守ろうとしたものをおろそかにしているように思います。彼らは天国で今の日本をどう思っているのでしょうか?

 

さくらさくら

 

これも定番ですね。国際的にもよく知られているでしょう。

 

 

中条きよし「櫻の花のように」

 

正直知らない歌だったんですが、気に入ったのでセレクト。

 

 

坂本冬美「夜桜お七」

 

坂本冬美の代表曲といえばこれ。最近に若い人(20代前半以下)の間では「また君に恋してる」のイメージの方が対のかもしれませんが、僕の中では断固こっち。

 

以前にも言ったと思いますが、「また君に恋してる」は僕の中ではビリーバンバンの曲。

 

スピッツ「チェリー」

 

「ロビンソン」「空も飛べるはず」に並ぶスピッツの代表曲。ボーカルの草野マサムネの甘い声が何とも癒えず絶妙ですね。

 

当時この曲がヒットしたとき、同級生のペットの名前がチェリーだったんですよね。よくそのペットの話を聞いたもんで。したがってこの曲を当時聴くとタイトル通り童・・・あぁ、違った(笑)桜ではなく、その同級生が自分の飼い犬について語っている様子を思い出したものです。

 

いまでもそのせいか、この曲を聴くと同級生の顔が目に浮かびます。

 

 

福山雅治「桜坂」

 

定番ですね。僕の声って割と低いもんで、福山の音域とちょうど合うんですよね。だから福山の曲歌いやすい。

 

だから福山より音域の高い人だと歌いにくいんですよね。まぁ、調整すればいいんでしょうが、しょっちゅうカラオケに行くわけでもないからどの程度調整すればいいかよくわかんないもんで…。

 

逆に女性の歌の方がうたいやすい場合がありますね。ちょうど1オクターブ下げれば歌えるんです。その中間が一番面倒なんですよね。

 

 

森山直太郎「さくら(独唱)」

 

森山良子の息子の歌。最近では桜ソングの中でもっとも定番といっても過言ではないでしょう。いい歌ですね。この曲以降ですね特に桜ソングがブレイクしだしたのは。

 

歌詞もいいですし、実力もあります。何で直太郎を最近あまり見かけないんだろう。

 

 

河口恭吾「桜」

 

最近あまり聞かなくなったと思っていましたが、肺炎球菌のワクチンのCMに使われていましたね。でも個人的にはほぼ同時期に出た直太郎の曲の方が好きです。

 

 

ケツメイシさくら

 

これも最近の定番。PVは萩原聖人と鈴木えみが出演。あ、最後の方にちょろっとケツメイシのメンバーも。恋人たちの出会いと別れそして分かれても前を向いて歩いていこうとする様子が描かれています。

 

にしてもこのころの鈴木えみはかわいかったですね。

 

 

彼女のことはカロリーメイトのCMで知りました。

 

 

皆さんご存じの通り?ミーハーな僕のこと、一目見て可愛いと思いました。

 

今どうしてんだ?

 

 

熊木杏里Love letter~桜~」

 

よく知らない人の歌ですが、偶然聞いて気に入ったのでセレクト。

 

 

桜ソング本日はこんなところですかね(だから何で筑紫哲也風なんだよw)。

カテゴリ: エンタメ  > 音楽    フォルダ: ちょっとブレイク

コメント(8)  |  トラックバック(2)

 

関連ニュース

【杉本彩&楠田健一】レイシストは楠田、お前だ

2012/04/05 23:00

 

http://www.kon-katsu-news.com/news_aKrpHI8VvU.html

 

>美しいプロポーションと潔いオンナっぷりで、同性から絶大な支持を得ている杉本彩。そんな彼女が昨今の韓流ブームに物申した。

杉本が韓流ブームについての発言を行なったのは、ラジオ番組『わけあり女子会.com』でのこと。リスナーから共演のKABA.ちゃんに宛てた「韓国のイケメン情報を教えてください」という質問に対し、彼女はこう言い放ったのだ。
 

てかさぁ・・・そんなにいないでしょ。この間、テレビでそういうのやってたのよ。韓国ココに行ったら素敵なイケメン男子がいてとか、そういのやってたんだけど、どこがですか!?えェェェ!?みたいな


さらに、共演者に「彩さんが韓流のイメージってないんですけど」と話を振られると、「う~ん、見ないね。映画は何本か観たことあるけど、ドラマはない」とキッパリ。続けて「韓流アイドルはどうか」と水を向けられると、「興味ないかなぁ。チンプンカンプン。違いがわからない」と述べたうえで、
 

てか、もともと韓国にさ、美男子が多いって認識ないからね。幻想じゃない


と、どこからか湧いた「韓国はイケメンが多い」という説を“幻想”と切り捨てた。(引用終了)
 

 

ごくふつうの韓流ブームに対する一個人の意見だ。別に何も問題ない。

 

ま、韓流好きの人には反発もあろうが、それもふつうのことだろう。

 

しかし、韓国が関わるとどうしても捻くれた見方をする馬鹿がいるわけで・・・。

 

その一人が栄光ゼミナール栃木中央校の塾長の楠田健一と名乗る人物。

 

 

 

以下が彼のものと思われるツイッター

 

 

生まれ育ちだの自殺未遂したことなどを馬鹿にしておいて、多様な価値観をみとめよとかどの口で言えるんだよ。

 

公平を期すために述べますが、栄光ゼミナールに問い合わせた方曰く「弊社の社員ではない」との返答があったとのこと。

 

しかし、もし本当なら否定するだけでなく名誉毀損で告訴すべきだろう。以下、本人のものという前提で書かせていただく。

 

てか杉本の発言のどこが人種差別なのか。

 

高岡蒼佑くんの発言もそうだが、こんなのが人種差別ならじゃあ「ハリウッド映画嫌い」「フレンチポップスが嫌い」といったものはもちろん「AKBはブスばかり」「ジャニーズは嫌い」「AKBやじゃニーズはごり押しされている」といったものも当然人種差別になる。

 

上の発言をさして人種差別だなんていう馬鹿いるか?

 

そうやって国籍によって扱いを変えることこそ人種差別じゃないのか。

 

てか杉本の上記の発言が差別なら、以下の発言は100%…いや、200%差別だろ。

 

http://twitter.com/#!/KenichiKusuda/statuses/172044371515027456

 

楠田健一@KenichiKusuda

日本の馬鹿な若者たちが天才に見えるレベルですよね。ヨーロッパの貧困層の若者の馬鹿レベルは。RT : 英の崩壊した家庭や貧困層の若い子の知識のなさ、後先考えなさは恐ろしいレベル。教育でどうにかなる?そんなの無理。学校行かないし字が読めない。そういうレベル。避妊方法

 

結局楠田なる御仁は韓国人だけちょっとでも批判すると、差別だとかわめく韓国人に対しては多少優しくできるけど、いろんな価値観や主観を認めようとしたり、多様な人類を愛そうという精神性を持つことが出来なかった」人物であろう。

 

そのほか楠田なる御仁のツイッターでの活躍(?)を見てみます。

 

 

田母神俊雄元航空幕僚長の家へ放火予告

 

「twitterで殺人予告」の楠田健一氏のツイート

http://togetter.com/li/262713

 

該当(2012.02.20 09:16:57)の発言は削除されています。
魚拓などで確認してください。
このリストでは、楠田氏の人間性を疑うようなツイートを選別しています。
必ずしもこういった発言ばかりをされているわけではありません。
ただ、こういった方が子供達を教育する立場でいることに、改めて恐怖を覚えました。
by Non_JPN

(一部抜粋)

靖国神社の集会って、ババァジジィばっかだな。脱原発や反戦の集会には、若くて可愛い&美女な女の子が大勢来るのに・・・。まぁ、あと数年で右翼のコイツらは死ぬんだから、その頃には我々が日本の民主化を頑張ればええ。 http://t.co/uMFCBA03
返信する RTする ふぁぼる
KenichiKusuda 2012/02/24 00:42:43

向井千恵子がこれから送るべき、残された数年の晩年の人生の生き方は、自分の父親である向井敏明がおこなった百人切り競争の大罪を、中国国民全員に向かって謝罪して回る事だ。向井千恵子が今やっている向井敏明の百人切り競争否定は、中国国民の心を傷つけ日本の国益を損なう、向井敏明以上の大罪だよ
返信する RTする ふぁぼる
KenichiKusuda 2012/02/24 00:35:49

櫻井よし子って、めっちゃ短足だな~・・・右翼女って、なんで短足ばっかなんだろ・・・ フェミニストの俺は、基本的に女性の悪口を言いたくないけれど、他人の悪口を言っている右翼の女は罵倒する。人権侵害をしている人間の人権は制限されて当たり前でしょ。
返信する RTする ふぁぼる
KenichiKusuda 2012/02/24 00:24:29

 

 

 

呆れてものもいえませんね。先ほどもいいましたが本当に楠田氏のものではないなら、単に否定するだけでなく名誉毀損で告訴するべきだ。そうでなければ疑われても仕方あるまい。

 

最後に彼のツイッターでの自己紹介文を載せます。

 

>栃木県立小山高校の野球部コーチと、栄光ゼミナール栃木中央校の塾長を勤めております!!20代におけるニュージーランド留学の経験を基に、スポーツと学問を通して自分の教え子を世界で貢献出来る、あらゆる差別を絶対にしない、世界観の広い『地球市民』へと育ててゆく事が、私の全人生における使命で在ると考えております!!脱原発!人権!

 

 

ぎゃはははは。貴様に人権など語る資格はない。

 

レイシストは杉本彩ではなく楠田健一、お前だ。

 

なお栄光ゼミナールは彼だけでなく塾全体が反日的です。是非お子様を塾に通わせようと考えている保護者の皆様は、栄光ゼミナールに通わせないように。

 

追記:栄光ゼミナールが統一協会や創価学会と関係があるとの噂があるみたいですが、実際どうでしょうか?ご存じの方ご教示ください。

 

追記2:栄光ゼミナール室長と名乗る人物としていましたが、ツイッター上では塾長と名乗っていましたね。訂正いたしました。4月11日午後9時53分追記

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: 政治

コメント(17)  |  トラックバック(1)

【ミネストローネ】人生は野菜スープ ニュース記事に関連したブログ

2012/04/02 00:22

 

きょうの晩ご飯は我が家特製のミネストローネでした。

 

母が作ったのですが、おいしかったです。

 

作り方はまぁ特製といっても至って普通だと思います。

 

下ごしらえに時間がかかるらしくそんなにミネストローネが晩ご飯の時はないのですが、いつもきょうがミネストローネという日は朝から楽しみです。

 

10cc「人生は野菜スープ(Life is a minestrone)」

 

 

Life Is A Minestrone / 人生は野菜スープ/10cc - 歌詞GET

 

ホワイト・ハウスの芝生の上で踊ったり
タジ・マハール寺院で夜明けを見ながら茶をすする
そして暇なときにはバビロンの庭をウロウロ
僕っていつもこんな調子
ミニー・マウスは何から何まで縫い合わせる
あの娘は僧侶よりもずっと人気があるのさ
そして、あの娘は僕の恐怖症を直してくれる
まるで肺炎になるのいを防ぐために
チェックにサインするみたいにね

人生はミネストローネみたいなもの
パルメザン・チーズをたっぷりかけて食べるのさ
死は冷え切ったラザーニャみたいなもの
いつだって冷たいフリーザーの中

ピザの斜塔にもたれかかって
エッフェル塔を眺める僕
マジソン・ガーデンを散歩するのも
結構イカシてるよ

学びの椅子や 成功の喜びは
便秘症の精神をすっかり解放してくれる
僕ってまるで浮浪者の食卓についた美食家みたい
ディレッタントにとっちゃピッタリのメニューさ

人生はミネストローネみたいなもの
パルメザン・チーズをたっぷりかけて食べるのさ
死は冷え切ったラザーニャみたいなもの
いつだって冷たいフリーザーの中
愛はクレープ・シュゼットにかける
ブランディの炎みたいなもの
さあハニー、このロマンスを上手に料理しようよ
だけど、このことだけは忘れないで


日本語訳についてはこちらのブログからコピーしてきました。どの程度あっているかは細かくチェックしていませんが、一応参考程度に。

 

あ、最近皆さんのブログにコメントできていませんが、明日からはまたしようとおもいますので何卒よろしくお願いいたします。読んでなかったエントリもすべて読ませていただきます。

カテゴリ: リビング  >     フォルダ: ちょっとブレイク

コメント(10)  |  トラックバック(3)

 

関連ニュース

震災から一年 ニュース記事に関連したブログ

2012/03/11 19:09

 

去年起きた東日本大震災で数多くの命が奪われました。改めて心よりご冥福をお祈りいたします。

 

そして一日も早い復興を願ってやみません。

 

哀しみはすぐには癒えないでしょうが、一歩一歩前を向いて歩いていきましょう。

 

そして支援をして下さった世界中の国々に感謝したいと思います。

 

>日本の対台湾民間交流窓口機関、交流協会台北事務所(大使館に相当)は11日から17日まで、台湾のテレビ各局や繁華街の屋外モニターなどで、東日本大震災の被災地に約200億円もの義援金を寄せ、いまなお支援を続けている台湾社会への「感謝CM」を流す。

 

 

 

これが例のCMみたいです。

 

台湾は義援金が200億円以上も集まったり、いち早く救助隊の派遣を表明したり(でも中国韓国への配慮から丸二日待たされた)、改めて親日国であることが分かりました。

 

ちなみにこちらが各国の支援状況。

 

●参考
【2011年3月14日時点での各国の日本に対する支援状況】

―――――――
アメリカ 空母派遣 援助隊140人 救助犬10頭以上 救援用機材約150トン分
ニュージーランド 援助隊54人 救助犬
オーストラリア 救助隊72人 救助犬
ドイツスイス 援助隊70人 救助犬
イギリス 援助隊63人 救助犬2頭
フランス 援助隊30人
タイ   援助隊24人 救助犬6頭 義援金1400万円
トルコ  援助隊3チーム
シンガポール 援助隊5人 救助犬5頭 
ロシア  天然ガス15万トン 救援隊200人待機
アフガニスタン 義援金400万円 
(激戦中にもかかわらず「アフガン復興を支援してきた日本に対し、市民を代表して地震と津波の被災者を支援したい」)

台湾 義援金2億8千万円 ★救助隊は支那への配慮から2日待たされ到着
(最も早く支援を表明し、これだけの巨額の支援にもかかわらず、全くと言うほど報道されず)

韓国 援助隊5人 犬2 義援金0円 ▲副大臣が空港に出迎える国賓待遇
(救援隊ではなく、自国民の安否確認のための、役人の日本視察。殆ど東京に滞在。TVでは「一番乗り」と大々的に報道)


▲支那 援助隊10人 義援金1000万円 ▲副大臣が空港に出迎える国賓待遇

 

改めて台湾の義援金の額に圧倒されます。韓国は・・・。ま、いいやw。

 

台湾をはじめ支援して下さった国に、日本国民の1人として深く感謝申し上げます。

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: 指定なし

コメント(12)  |  トラックバック(1)

 

関連ニュース

殺人テレビ局フジテレビを解体せよ【老人火渡り致死事件】 ニュース記事に関連したブログ

2012/03/08 23:17

 

僕の拙いブログにいつもコメントを下さるdeliciouscoffeeさんのブログに驚愕のエントリがありました。

 

http://news.livedoor.com/article/detail/6345530/

 

>「週刊文春」(3月8日号)は、フジテレビ系の深夜番組において一般老人が危篤に陥るほどの大ケガを負う事故があったと報じ、ネット掲示板で話題になっている。

記事によると、2003年末から翌年にかけて放送されていたフジテレビ系の深夜バラエティ番組「退屈貴族」で、灯油の撒かれたダンボールを並べ、そこに火をつけて一般の独居老人がその上を歩くという企画が行われたが、老人は燃え盛る炎の中を数十歩ほど歩き、最後まで到達はできずに途中で脱出。その時点で表情は青ざめており、下肢には広範囲に及ぶ火傷を負ったという番組の担当者は、老人の足の皮が火傷でめくれ上がっている状態を見ているにも関わらず、病院に連れて行くこともせずにビデオを回し続けたとも報じている

また、同記事では、数日後に老人の容態が悪化し、歩けない状態になったとまで伝えており、その後も老人の手術は続いたものの、呼吸の一時停止や吐血、臓器不全に陥るなどの重篤症状にまで至ったとしている

その上、番組はそのまま放送されており、ネット掲示板上では「ひどい…これって犯罪じゃないの? 番組関係者の逮捕とかしないの?」「人殺しのテレビ局」「老人も老人だけど、生死に関わる火傷を負うのは、普通火を見て分かるだろ。なんで止めなかったんだよ」「普通に放送されてるところに狂気を感じるな」など、フジテレビへの批判が殺到している他、「なんで今になって発覚したんだろう」「今まで表沙汰にならなかったことのほうが怖い」などと、8年以上前の事故が今になって発覚したことに対して疑問の声も多く上がっていた

 

以下が該当の番組「退屈貴族」の東洋のランボー

 

 

ニコニコ動画
ボケ老人が火渡りで大火傷する様を笑い物にしたフジテレビの番組
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17174248
■解説付きまとめ動画
フジテレビ「火渡り老人」大火傷⇒死亡(ネット騒然、殺人じゃないか)
http://www.youtube.com/watch?v=KP0vyc5TDHI

 

 

これは完全に虐待である。認知症かなんかで判断力の劣った老人を見せ物にしたあげく殺したのだ。

 

 

http://zdeshka.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/1238-dc94.html

 

〇三年末から翌年にかけて、フジテレビの深夜バラエティ番組「退屈貴族」収録で起きた重大な人身事故は、出演者が一般の独居老人であったこと、危篤に陥るほどのケガを結果的に一ヶ月以上も放置しながら、あげくに事故そのものを放送したこと、老人を笑いものにする番組内容などに鑑みて、放送史上おそらく最悪のケースである。

 

   (略)
 放送された問題のシーンを再現しよう。
 夕刻、都内の河川敷―。一人の老人が、灯油が撒かれて並べられたダンボールを前にしている。
 
  番組スタッフが「本当に火の上を歩くんですか」と聞くと「歩きますよ」と老人。「とか言って、ちょろっと横っちょ歩いたりして」と挑発すると、老人はやや憤然と「しない。そんなことは」と答えた。

 老人はスタッフから借りたライターで火をつけた。河川敷は風がよく通る。老人の前に、たちまち一メートル以上の火炎を上げる道が十メートルほどできあがった。ナレーションがここぞとばかりに煽り立てる。〈燃え上がりました。燃えさかる炎はアフガンです。果たして、本当にこの炎の中を裸足で歩くことなど人間にできるのであろうか「お願いします」フジテレビの番組ディレクター・K(32、編成制作局制作部)らは、パンツ姿で下半身むき出しの老人にそう声をかけた。老人は燃えさかる火の中に足を踏み入れた。
〈ランボーは、炎の中へと足を踏み出しました。ゆっくり、そして力強く。人類の未来のため、ランボーは前へと進むのです〉
 ふざけた台詞の中、画面に映る老人の足は火炎に舐められ見えなくなるほどだ。それでも十歩ほど歩いたが、激痛にがまんできなくなったのだろう、端まで歩き通すことはできず横に逸れた。膝に両手をつき青ざめた表情で「少し火が強かった」と言いそれでも気丈に大丈夫と声を出した。
が、すでに火傷は足裏から太ももまで、下肢の広範囲に及んでいた。Kはこの時、足の皮が火傷でめくれ上がっているのを見ている。だが、ビデオを回し続けた。火を使う撮影なら必須の消火器も用意してなかった。あったのはバケツの水一杯だけである。
 火渡りの企画は、安直な二番煎じであった。六年前の九七年五月に放送された日本テレビの番組「投稿!特ホウ王国」を見たリサーチャーが、「火渡りと幽体離脱ができる老人がいる」とネタを上げてきたものだ。経緯は不明だが、老人がリンゴ箱をばらして燃やした上を歩く姿が放送されていた。「退屈貴族」の社外スタッフSは十一月下旬、早速、老人に電話し出演を依頼、承諾を得たとされる。
 企画会議では、ま.ず"幽体離脱"をさせ答えられない質問をして老人が困るところを撮り視聴者を笑わせる、その後で"超人技の火渡り"をさせ凄いと驚かせるという構成を決めた。
 十二月四日昼、フジテレビのK、社外スタッフYの二人は電車で老人の家に向かった。軒先で"幽体離脱"の撮影を二時間ほどおこなった後、河川敷に移った。ダンボールは老人が持参したが、灯油三リットルはフジテレビで用意した。そしてKらはビデオを構え、「お願いします」と火渡りの実行を促したのである。
 火渡りの後、老人は持参したオロナインを火傷でただれた足に塗ったが、歩くことはできなかった。Kらは、老人を背負ってタクシーに乗せ自宅に送った。酷い火傷を負っていることは明らかだった。だがKは、車中で病院に行くか尋ねたが老人は「大丈夫」と答えたと事故発覚後に釈明している。
結局、Kらは二万円の出演料を支払っただけで、火傷の処置は何もせずフジテレビに帰社した。

二日後の六日、老人の様子がおかしいことに気付いたのは隣に住む兄嫁だった家の前に停まったタクシーに向かって、義弟が玄関を這いずっていた。
老人は動けない状態が続いたあげく、九日、容体がいよいよ悪化、体がぶるぶる震えているのを兄が発見し、救急車で病院に搬送した。判明した火傷は足裏から太ももにかけて、表面積の三割近くに最重度の三度という重篤なものだった。
事件性を疑った病院は地元警察署に通報、警察は老人の話の信憑性を疑いつつも、火傷を負った日時、場所と「フジテレビのロケ」であること、担当者名を聞き出した
翌十二月十日の夜、ついに声をかけても返事がなくなり、体温も三十四度まで低下、老人は生命が危ぶまれる状態となった。その日、警察署はフジテレビに対し、受傷者の氏名、日時、場所、担当者名を知らせ「火の上を歩くロケをおこなったか」と問い合わせた。
おざなりな「調査」をしただけで、五日後、フジテレビは「該当するロケはない」と回答
結果、警察は事件性はないと判断、隣に住む兄夫婦にさえ事情を聞くことなく自傷事故として処理したことで、フジテレビの関与は闇に埋もれた。
 老人が生死の境を彷徨ってている間もKらによって番組作りは進んだ。十六日には、火渡りーンを"鑑賞"するタレントの反応、表情をスタジオで収録した。「退屈貴族」は文字どおり、退屈な表情を装う出演タレントに刺激的な映像を見せ、表情を変えた者は画面から消えるという趣向だ。制作側の者は、より刺激性の強いシーンをこれでもかと用意するのだ。
 一方、脳天気に番組が作られているさなか、病院では老人に表皮を移植する手術などが繰り返された。
二十日には呼吸が一時停止、胃の複数ヵ所から出血・吐血、一肺には水が溜まり、臓器不全に陥るなど、重篤な症状が続いた。 

(略)
それは二重の意味で空恐ろしい光景だった。
ひとつは、老人が燃えさかる火炎の中を歩くシーンをフジテレビ内で誰も疑問に思わずに放送したこと、もうひとつは、この時すでに死亡していた可能性のある老人を番組内で笑いものにしていたことである。

(略)

老人はその後も手術を繰り返し、結局、自宅に帰ることは叶わず、歩行もできなくなった。事故から四年に満たない〇七年九月、都内の病院で腎不全で死亡した。腎機能の低下は火傷によってもたらされたものだ。 

(引用終わり)

 

僕個人的には6つの意味で空恐ろしい。ひとつはそもそもぼけているかもしれない老人にこんな事やらせるところ。二つはあれだけ燃えさかる炎を見ても老人を止めなかった点。三つ目は酷いやけどを負っても、救急車を呼ばなかった点。四つ目は警察の調べになかったと答えている点。五つ目は撮影から一ヶ月半後に放送している点だ。そして六つ目は今頃発覚した点だ。

放送しなかったとしたら、それはそれで隠蔽したということだろうし、いまになっても発覚しなかったかもしれない。

しかし、それならそれである意味これが重大事であることを理解しているということである。

しかし今回の場合放送している。警察の捜査があったにも関わらずだ。

すなわち、さして重大事であることすら認識していなかったのだろう。それも現場に行ったスタッフのみならず、プロデューサーや上層部に至るまでさして問題と思っていなかったということだろう。

それはそれで恐ろしい。彼らに人の心があるのだろうか?血も涙もないに違いない。

正にフジテレビによる犯罪といって差し支えない。これはTBSビデオ事件(詳細)と同じかそれ以上の不祥事といって過言ないのではなかろうか。

 

去年フジテレビデモが大々的に起きた。その中の反応には「単なる韓国嫌いのネトウヨの吹きだまり」といった反応もあったように記憶している。

 

しかし、それは違うと思う。もちろん韓流ごり押しもメインテーマのひとつであったが、それ以外にも真央ちゃんを貶め、キム・ヨナを賞賛したり、「ニュースJAPAN」メインキャスターの秋元優里が震災のニュースを伝える最中「あ~、笑えてきた」といったり、イケパラで主演の前田敦子に広島原爆のコードネームである「LITTLE BOY」と書かれたTシャツを着せたり、太った男(FAT MAN)に長崎原爆の日付である9という数字の書かれたシャツを着せたり、松田直樹選手のお通夜の中継の際梅津弥栄子アナが笑っていたり・・・こういった事すべてに対する問題意識からあのデモになったのだ。

 

浅田真央転倒パネル

 

 

秋元優里の「あー笑えてきた」について報道した台湾のテレビ

 

イケパラ2011の主演前田敦子のシャツに「LITTLE BOY

 

イケパラで太った男が9と書かれたシャツを着ていた

 

サッカー元日本代表の松田直樹選手の通夜にて笑う梅津弥栄子アナ

 

これらに共通するのは日本国もしくは日本人に対する冒涜であり、侮辱であり、背信である。

 

今回発覚した老人火渡り殺人事件もその一環であろう。

 

この前のフジテレビデモで、フジテレビ側に立ってでも参加者を批判していた連中はこれでもフジテレビを擁護するのでしょうか。

 

私はこうなったらフジテレビは放送免許剥奪しかないと思います。

 

フジテレビに抗議の、総務省に厳しい指導をお願いするメールを送って下さい。

 

フジテレビ

http://www.fujitv.co.jp/response/index.html?pagelink=footer

 

総務省

https://www.soumu.go.jp/common/opinions.html

カテゴリ: 政治も  > 政局    フォルダ: メディア

コメント(15)  |  トラックバック(1)

 

関連ニュース

卒業ソング特集

2012/03/07 00:00

 

もう3月ですね。ということで、今回は春の歌を特集したいと思いました。

 

が、しかし以前冬のうたを特集した際にsonoさんからこういうご意見が。

 

 

 

Commented by sonoraone-3 さん

tom-hさん多すぎだよう(爆)
いやたくさんありがとうさんです。
僕は神田川、安奈、そして津軽海峡冬景色(カラオケの持ち歌)
それから郷土の数年先輩の財津さんの「サボテンの花」
財津さんとは彼が福岡でアマチュアバンドを組んでいた頃の知り合いです。

tom-h さん良い趣味です。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おおすぎなのは以前から気になっていたので、ちょっと今回から小分けに。そっちの方が楽ですし。というわけで今回は春の歌のうちもう卒業シーズンと言うことで、卒業ソングをお届けします(春の歌がひとつのエントリにまとめるには多すぎるということもあるのですが)。


 

海援隊「贈る言葉」

 

ま、定番ですね。卒業シーズンになるとよく聴きます。

 

個人的にこの歌の中で一番好きな歌詞は「これから始まる暮らしの中でだれかがあなたを愛するでしょう。だけど私ほどあなたのことを深く愛したヤツはいない。」の部分です。

 

本来「だれかがあなたのことを愛する」というのは、未来のことです。従って本来ならこの部分の歌詞は「だけど私ほどあなたのことを深く愛するヤツはいない」になるはずです。

 

「愛したヤツ」とすることであたかもこれから「あなたのことを愛するヤツ」のことを全員どのくらい愛したか知った上で語っているかのように、それこそタイムマシーンにでも乗って実際にみてきたかのような感じになっています。

 

すなわち「愛するヤツはいない」だと、未来のことだからもしかしたらそれ以上に愛した人間がいる可能性を排除できませんが、あえて過去形とすることでその可能性、則ちそれ以上に愛する人間が出てくる可能性を排除する・・・そう断言できるくらい「あなた」のことを愛したということが言いたいんだと思います

 

 

柏原芳恵「春なのに」

 

 

「春なのにお別れですか、春なのに涙がこぼれます、春なのに春なのにため息またひとつ」・・・本来は「春だから」なんでしょうが、冬が終わり暖かくて本来なら居心地の良い季節柄、気持ちはなんとなく分かりますよね。

 

 

レミオロメン「3月9日」

 

レミオロメンのこの曲はPVを見ても分かるように、決して元々卒業の歌として作られたわけではない。しかし、若い人の間で好きな卒業の歌を聞くとこの曲がかなり上位に入ってきます。

 

 

「旅立ちの日に」

 

この歌は元々埼玉県の中学校の校長先生が作った歌。最近では卒業式で「仰げば尊し」とか「の光」とかよりも歌われているとか。

 

 

赤い鳥翼をください

 

*リクエストによる埋め込みができなかったため題名のところをクリックして直接サイトにジャンプ

 

これも定番ですね。老若男女問わず知っているのではないでしょうか。

 

 

ハイ・ファイ・セット「卒業写真」

 

これも定番。よく聴けば卒業後の歌ですが。元々は荒井由美の歌ですが、個人的にハイ・ファイ・セットのバージョンの方が好きだからこっちをアップ

 

そういえばハイファイは先ほどの赤い鳥のメンバーの一部で作ったグループでしたね。

 

秋の歌で特集してdeliciouscoffeeさんが何千回と聞いたとおっしゃっていた「冬が来る前に」の紙ふうせんも、赤い鳥のメンバーでしたね。

 

 

風「暦の上では」

 

ちょっと定番外のところから。かぐや姫の伊勢正三が結成したグループ風からの一曲。なんか良い感じなのでセレクト。

 

 

SPEED「My Graduation」

 

あ~懐かしい。元「上原多香子」ファンとしては外せない一曲w。しかしSPEEDのメインボーカルの今井と島袋はこのときそれぞれ中2と中一ですからね。

 

これでこのパフォーマンス。

 

お~い、秋葉原の某アイドルグループどうしたwww。

 

 

スピッツ「空も飛べるはず」

 

あ~これも懐かしい。これは「白線流し」に使われていましたね。ま、決して卒業のための歌じゃないんですが、割と卒業ソングとして人気があります。かくいうtom-hも卒業式で歌った記憶が・・・。

 

 

洋楽から一曲シール&クロフツ「この道は一度だけ」

 

シール&クロフツといえば「サマー・ブリーズ」の方が有名でしょうが、これも良い曲。歌詞がこれからそれぞれの道に向かう卒業生にぴったりなのでセレクト。

 

 

中島みゆき「時代」

 

ま、これも別に卒業ソングではないですが、卒業式で歌われることも多いとか。いい歌ですね♪

 

 

仰げば尊し

 

*リクエストによる埋め込み不可のため題名のところをクリックして直接サイトにジャンプ

 

これはもう定番中の定番ですね。説明不要かと。その他「蛍の光」「大地讃頌」「巣立ちの歌」あたりも超定番でしょう。にしてもなぜ「の光」の3番以降は教えないのか・・・。

 

 

ま、こんなところでしょうか(なんか筑紫哲也みたいで嫌だなw)。皆さんの想い出の曲はあったでしょうか?

カテゴリ: エンタメ  > 音楽    フォルダ: ちょっとブレイク

コメント(9)  |  トラックバック(1)

スバルの軽と共に軽自動車の歴史を振り返る(完結編) ニュース記事に関連したブログ

2012/03/04 15:08

 

前回「スバルの軽と共に軽自動車の歴史を振り返る①」を特集しました。

 

今回はその続き。今回は前回よりはちゃちゃっといきます。

 

3代目レックス(1986年~1992年:その後スバルの軽に搭載される技術が満載。ボンネットバンブームの終了・規格変更も

 

 

 3代目レックスは、ECVT(無段変速機)搭載車(その後全車に)やスーパーチャージャー搭載車が追加されるなど、昨今のスバルの軽がウリにしている技術のほとんどがこの代でつくようになりました。4気筒エンジンも89年のマイナーチェンジで全車搭載に。

 

また1989年物品税が廃止され、消費税が導入。その結果ボンネットバンのうまみが減り、アルトやミラも乗用車のフロンテやクオーレを吸収し、乗用車をラインナップするようになる。

 

レックスも翌90年規格変更(全幅は変わらず、全長0.1m・排気量110cc拡大し、それぞれ3.3m・660cc以下に)の際のマイナーチェンジにより、コンビが廃止(商用車はレックス・バンとして引き続き販売)。乗用車を中心としたラインナップに。

 

こうして再び軽自動車の販売は乗用車が中心になりました。

 

 

ヴィヴィオ(1992年~1998年):レトロブームに火をつけるも、軽ハイトワゴンブームに乗り遅れる

 

 

ヴィヴィオは92年登場。ドライバーズミニをコンセプトに走りを強化。

 

ちなみにこんなグレードも・・・。

 

 

93年に限定3000台で販売されたT-TOP。ま、軽オープンカーのスズキ・カプチーノとかホンダ・ビートを意識したんでしょうね。

 

全部閉め切る以外このように変身できます。

 

 

う~ん。カプチーノやビートというより、ホンダ・CR-Xデルソルみたいwww。

 

また95年にはレトロなビストロが追加。

 

 

一躍ヴィヴィオの販売の中心となる大ヒットに。その後各社からミラクラシック、オプティクラシック、セルボクラシック、ミニカアンティ及びタウンビー等々登場。

 

軽自動車以外でもスターレットカラットやマーチタンゴ及びボレロなど続々登場し、正に一大ムーブメントに。

 

このようにビストロはヴィヴィオの販売向上に大きく貢献したものの、1993年ワゴンRの登場以降軽ハイトワゴンブームが到来。

 

1996年以降はワゴンRが軽自動車の年間販売で1位になるなどハイトワゴンのシェアが拡大するにつれ、ヴィヴィオしか持たないスバルの軽自動車シェアは低下。97年にホンダからライフが登場すると、たちまちホンダにも抜かれることに(それまでホンダは軽ではじり貧だったのが、スズキとダイハツに次ぐ3位に上昇)。

 

 

初代プレオ(1998年~2009年):規格変更に合わせ登場。ハイトワゴンブームに乗ろうとするも・・・

 

 

普通車の保安基準が98年10月に前面・側面・後面50kmに引き上げられたのと同時に、軽自動車も遂に普通車と同意用の保安基準が適用されることに。

 

その対策として全長3.4m・全幅1.48m以下とそれぞれ0.1mと0.08m拡大。エンジンはトヨタと日産の圧力wにより、660ccのまま据え置き。

 

それを受け登場したプレオはハイトワゴンブームに乗り、ヴィヴィオから20cm近く全高を上げました。

 

また、中級グレードにもマイルドチャージと称するスーパチャージャーを搭載し、一クラス上のクルマに匹敵する動力性能を確保。

 

CVTも電磁クラッチを用いたECVTから、ロックアップ機能付きトルクコンバーターを用いたI-CVTに。

 

しかし、全高を上げたとはいえ走りを重視するためか、他のハイトワゴンに比べれば低く、かといって立体駐車場にも入らない高さが災いし、当初はレックスやヴィヴィオからの代替需要からかまぁまぁの数が出るもすぐ伸び悩み、ワゴンR、ムーヴやライフといった軽自動車3強に差をつけられるハメに。

 

R2登場後も販売されるが、グレードは低価格グレードのみに縮小。

 

 

R2&R1(2003年~2010年):30年ぶり復活。居住性よりデザイン重視。販売は下降。しかし肝心のデザインも30年前同様・・・

 

R2

 

R1

 

ハイトワゴンが主流となる中、スバルは独自路線に。居住性よりもデザイン重視という主流のハイトワゴンとは一線を画するものに。ちなみにR1は2005年に追加。

 

しかし、このフロントグリルどこかで見覚えが・・・。

 

アルファロメオ・156

 

アルファ伝統の盾型グリルを逆にしただけにしか見えません。

 

 

初代ステラ(2006年~2011年):遂にスバルが本格的な軽ハイトワゴンを作る

も・・・

 

 

遂に本格的な軽ハイトワゴンをスバルが出しました。しかし、全くスバルらしさのかけらもないですね。

 

肝心の販売の方もこの頃は僕は自動車に興味が少し失っていた時期なので詳しくは知りませんが、しかし売れたという話は聞いたことないし。CMもデビューした当初しかしていなかったし・・・。

 

 

そして現在サンバーディアスワゴンの後継ディアスワゴンを皮切りに次々とダイハツのOEMに。そして去年ステラが2代目にバトンチェンジと同時にムーヴのOEMとなり軽乗用車の生産から撤退。そして先月サンバーの生産終了を持って軽自動車すべての生産から撤退。

 

 

でもなぁ以前のエントリにも書いたけど、軽自動車って有望だと思うんですがね。

 

国際的に発展途上国が豊かになるにつれ、クルマを保有する。そしたら手始めにまず安いクルマから保有する。かなりコンパクトカーはこれから伸びるんじゃないでしょうか。

 

燃費基準も世界的に厳しくなっているし、そうするとますます日本の軽は有望ですよね。にもかかわらず軽自動車づくりのノウハウを育てるのではなく、ここで捨てるとはもったいない気が。

 

しかし、同じトヨタグループのダイハツほどのノウハウがあるとは思えないし。それならダイハツからのOEMでお茶を濁した方が良いのでしょうかね。この不況のさなか選択と集中をしないとやっていけないでしょうし。

 

しかしせめてコンパクトカーを作った方が良いと思うんですが、それもトヨタのOEMですし。

 

ところで最近のスバルはレガシィやインプレッサでもターボと4WDの組み合わせのスポーティグレードばかり目立っていましたが、最近は広告戦略もノンターボや2WD(レガシィはいまも全車4WD)など普通のグレードを重視し、ラインナップも普通のグレードを充実させています。

 

それは断固正しいと思います。何も車を買うのはマニアばかりではない。であるなら経済的かつ乗りやすい普通のグレードを中心に添えるべきです。

 

しかし、軽自動車からの撤退は・・・これが吉と出ればいいのですが。

 

 

では最後に一曲谷村新司「昴」

 

さらば、スバルの軽よ~♪

カテゴリ: ビジネス  > その他産業    フォルダ: 日本の経済・産業

コメント(6)  |  トラックバック(1)

 

関連ニュース

スバルの軽と共に軽自動車の歴史を振り返る① ニュース記事に関連したブログ

2012/03/04 02:06

 

>半世紀にわたり生産されてきた軽トラック・ワゴン「サンバー」の生産終了式が28日、富士重工業群馬製作所本工場(群馬県太田市)であった。式典には、開発の一翼を担った13人のOBを含む約100人が出席。富士重工の吉永泰之社長が「寂しいが、新たな車作りを始めよう」と述べると、サンバーとの別れを惜しむ声が漏れた。サンバーは、「てんとう虫」の愛称で親しまれたスバル360に続いて開発された。コンパクトで頑丈で扱いやすいとして人気が出て、369万台が生産された。

 

 

2012年2月29日(式典が行われたのは生産終了の1日前)、遂にスバルが軽自動車の生産から全面的に撤退しました。

 

軽乗用車の生産は既に去年終了しましたが、遂に商用車サンバーの生産も終了したわけですね。

 

サンバーの誕生は1961年。

 

初代サンバー

 

以後51年・6代にわたって生産されましたが、軽トラックでは珍しく熱狂的なファンがいました。

 

その理由は初代からの伝統である四輪独立懸架サスペンションとRR(リアエンジン・リアドライブ)レイアウトにあります。

 

60年代当時軽自動車では・・・いや、普通車でも珍しかった4輪独立懸架サスの採用は『荷痛み防止にも優れた効果があり、壊れやすい品物を扱う中小零細事業主のユーザーたちからはディーラーを通じて「ガラス(板ガラス)が割れない」「豆腐の角が崩れない」といった好意的な報告が寄せられた(wikipediaより)』といわれており、商用車としては異例の乗り心地を実現していたそうです。

 

また多くの軽トラック・軽1BOXがFR(フロントエンジン・リアドライブ)を採用する中、サンバーは後ろにエンジンがあることにより空荷時も理想的な重量バランスを実現、常に安定したトラクション(駆動力が実際に路面に伝わる力)が得られたことにより、安定した走行性能や登坂能力を確保していました。またエンジンがドライバーから遠い後ろの方にあるため、静粛性や振動面でも優れていました。ちなみにRRはポルシェも採用しているため、「農道のポルシェ」「軽自動車界のポルシェ」といわれることもw。

 

さらに5代目からは3気筒エンジンが一般的な軽商用車界において、全車4気筒を採用。これも静かさや振動の無さに寄与しました。

 

更に軽トラでは唯一過給機付のモデルを選べるのも味噌。過給機付のグレードなら58psで7.5kgmというトラックのレベルを大きく超えるパワーがあります。

 

また過給機というとターボの方がより普及していますが、サンバーの場合スバルの軽お得意のスーパーチャージャー。一般的にターボよりスーパーチャージャーはターボにありがちなタイムラグがなく、低回転域からトルクが出ると言われています。

 

その他4WD仕様の設定や前輪ベンチレーテッド式ディスクブレーキの採用など、サンバーが軽トラック及び軽1BOX界で始めて採用したものが多く、一見すると普通の軽商用車ながらテクノロジーにこだわるスバルらしさのあふれたモデルでした。

 

さて今回は歴代のスバルの軽自動車と共に、軽自動車の歴史を振り返りたいと思います(無才さんにもスバルの特集してって頼まれていたし)。

 

ますは軽自動車の始まりについて。軽自動車の規格は1949年に制定されましたが、それは幅が1m以下という極端に狭いことからも分かるとおり、これは当初二輪車や三輪車を前提としており、ましておや4人乗りなど全く視野に入っていませんでした。

 

その後何度か規格が変更され、1954年遂にその後20年親しまれることになる全長3m・全幅1.3m・全高2m・排気量360cc以下に改められました。

 

また1955年頃当時の通産省から国民車構想」が浮かび上がりました。

 

その主な要件はこちら。

 

wikipediaより

  • 4名が搭乗した状態で時速100kmが出せる(ただし、定員のうち2名は、子供でもよい)
  • 時速60kmで走行した場合、1リッターのガソリンで30kmは走れる
  • 月産3,000台(構造が複雑ではなく、生産しやすいこと)
  • 工場原価15万円/販売価格25万円以下
  • 排気量350 - 500cc
  • 走行距離が10万km以上となっても、大きな修理を必要としないこと

 

当時の技術では実現不可能といわれていましたが、そんな中この要求のすべてを概ねクリアするクルマが彗星のごとく登場しました。

 

 

スバル・360(1958年~1970年):日本のモータリゼーションの礎を築いた歴史的名車

 

 

スバル・360は国民車構想に倣って、というよりシトロエン・2CVの性能を元に以下のような目標を掲げ作られました。

 

wikipediaより

 

 

 

これは国民車構想をも部分的に上回るものでした。

 

強度と軽量化を両立するため国産の量産車としては、初めて本格的なモノコックボディが採用されました。

 

特徴のある丸っこいスタイルは、軽量化のために極限まで降板を薄くした事による剛性の問題をカヴァーするためのもの。

 

ボディの強度に関係ない屋根の部分はガラス繊維強化プラスチックが用いられ、リアウインドウはガラスが義務づけられていないため、アクリル樹脂にするなど極限まで軽量化されました。

 

サスペンションは前後共にトレーリングアームに横置きトーションバーとセンターコイルスプリングを組み合わせた四輪独立懸架方式。VWビートルを元にしたレイアウトだが、特に前のサスは省スペース・軽量化が図られており、室内の拡大にも寄与している。

 

エンジンは強制空冷2気筒の356ccで、RRレイアウト。性能はデビュー当時で16ps(1986年以前なのでグロス値。その後25psまでパワーアップ)。

 

大人4人が乗れて、四輪独立懸架により当時の軽自動車のみならず小型車の常識を大きく越えた乗り心地、信頼性に手ごろな価格を持ち合わせたスバル・360はたちまちベストセラーに。

 

後にBC戦争(日産ブルーバードvsトヨタ・コロナ)やCS戦争(トヨタ・カローラvs日産サニー)と呼ばれる熾烈な販売戦争と共に日本のモータリゼーションが本格化するが、その前に日本のモータリゼーション開花の礎を築いたモデルといって過言はないでしょう。

 

しかし、1967年に驚きの低価格と高性能を確保したホンダ・N360が登場した以降は転落。

 

N360が豪華仕様からスポーティ仕様までいち早くワイドバリーション化し販売向上に寄与する一方、スズキ・フロンテ、ダイハツ・フェローや三菱・ミニカといった強力なライバルも出現し、スバル・360は販売シェアを低下させ、遂に1970年生産中止に。総合生産台数は約39万2000台。

 

 

R-2(1969年~1972年):販売回復を目指し性能向上するも・・・

 

 

スバル・360の基本的なメカニズム・コンポーネンツは踏襲しながらもメイングレードは360の25psから30psと向上され、マニュアルも4速化された。

 

また当初は空冷エンジンのみだったが、快適性や冷却性の他排出ガスの少なさ等で有利な水冷エンジンも追加されるなど近代的に。

 

スタイルも一気に近代的になりましたが、どこかで見覚えが・・・。

 

フィアット・500

 

ま、いいやw。

 

販売は発売1年目は好調だったものの、強力なライバルの前にすぐに低迷。

 

 

初代レックス(1972年~1981年):公害問題・オイルショック・軽自動車人気の低迷・20年ぶりの規格変更etc・・・激動の時代を生き抜いたロングセラーモデル

 

 

初代レックスは水冷版R-2をベースに改良したモデル。

 

1970年代は軽自動車にとって・・・いや、自動車界全体にとっても激動の時代だった。

 

まずファミリーカーとしての主役は国民が豊かになったこともあり、1リッターから2リッターの普通車に移った。

 

一方軽自動車はホンダ・N360が火をつけたハイパワー・豪華路線により、普通車との価格差が縮まった。しかし、本当に性能を求める人はもはや軽を買わなくなっており、そこでユーザーニーズとの間に齟齬が出た。

 

また車検の義務化も追い打ちをかけた。

 

またホンダ・N360を狙い撃ちにしたユーザーユニオン事件が発生し、軽自動車も安全性が問われる時代となりその後の保安基準が強化され、更に価格が上昇。

 

そして当時は光化学スモッグなどの自動車による公害問題も深刻化。自動車会社に対するデモまで起きる始末。

 

更に1973年オイルショックが勃発。

 

まさに自動車の存在意義そのものが問われる事態となった。

 

そうした中アメリカの改正大気浄化法(俗に提案者のエドムンド・マスキーの名から「マスキー法」と呼ばれる)とほぼ同じ基準である昭和50年排出ガス規制への対応によるパワーダウンを最小限に抑えることや、安全性の更なる向上のため20年ぶりに軽企画が変更、全長3.2m・全幅1.4m・排気量550cc以下と、それぞれ0.2m、0.1m、190cc拡大された

 

レックスも76年に500ccになるのと同時にボディは軽規格フルサイズに、更に77年にエンジンも規格いっぱいの550ccに拡大。

 

販売の方はスズキ・フロンテには及ばないものの、それに次ぐシェアを確保。

 

 

2代目レックス(1981年~1986年):FF化と怒濤の軽ボンネットバンブームの流れに乗ったモデル

 

 

 

やはりこの代の最大の特徴は、スバル・360から20年以上続いたRRを捨て、70年代から80年代にかけて主流となってきたFF(フロントエンジン・フロントドライブ)になったことでしょう。

 

また、1979年に出たスズキ・アルト対策としてボンネットバン(ボンネットのある商用車)仕様の「コンビ」が追加されました。

 

79年に出たアルトはあえて物品税が非課税の商用車とし、47万円という脅威の低価格を実現しました。

 

これは軽自動車がファミリーカーとしてから、女性が買い物などに使うセカンドカーとしての需要が中心となり、1名から2名乗車がほとんどでした。

 

従ってスズキは後席を犠牲にしても(商用車は法定の荷室面積の確保のため狭くなる)価格を安くすれば、商用車でも前席は同じ広さなので売れると読んだわけです。

 

その読みは見事に当たり軽ボンネットバンはいきなり軽自動車販売のメインストリームとなりました。

 

言うなれば発泡酒や第3のビールといった節税ビールならぬ、節税乗用目的軽自動車といったところでしょうか。

 

ちなみにボンネットバンブームを受け81年の10月からは5.5%かかることになったとか。それでも軽乗用車の15.5%に比べれば遥かに安いんですが。

 

しかし政府というか旧大蔵省・現在の財務省というか、やることが今も昔も同じですねwww。発泡酒が人気になってから税制が改正されて値段が上がりましたし、第三のビールも同様。取るところからは取るという姿勢だけは一貫しています。

 

そういえば昨今の消費税論議も・・・。

 

またFF化とデビュー当時クラス最大級のホイールベースにより、狭かった室内もクラス最大級に。

 

RRにはつきものの直進安定性の無さや設計の古さによるハンドリングの悪さや騒音の大きさも改善されたとのこと。

 

販売の方はスズキ・アルトやダイハツ・ミラに推され低迷。 

 

あ~疲れた。3代目レックス以降は次回。

カテゴリ: ビジネス  > その他産業    フォルダ: 日本の経済・産業

コメント(6)  |  トラックバック(1)

 

関連ニュース